無料ブログはココログ

« 貴重な街の灯が消えていく | トップページ | みんなが山を愉しめるものに »

2022年8月14日 (日)

徹子さんのこと

徹子さんが1941年に8歳だったということは、私は9歳だったから1つ年上、同じ空気の中で殆ど、体験をしています。
厳しく寒かった日、子どもたちは、校庭で並ばされてしもやけの裸足で「かしら右~!、右向け~右!っ」と、分列行進、子どもたちは「寒いよ~、痛いよ~」も言えず、泣くことも許されなかった・・。
「欲しがりません!勝つまでは・・」とひたすらじっと、おなかを空かせた我慢の日々。
九州・佐賀への疎開も、途中の広島駅で空襲で汽車が動かず一泊したこと・・など今のウクライナの難民の姿と重なります。
黒柳徹子さん「戦争反対」なんて言えなかったあの頃 いつもおなかが空いていた幼少期 #あちこちのすずさん - 未来に残す 戦争の記憶 - Yahoo! JAPAN

« 貴重な街の灯が消えていく | トップページ | みんなが山を愉しめるものに »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 貴重な街の灯が消えていく | トップページ | みんなが山を愉しめるものに »