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2022年8月 9日 (火)

8月9日に父母を思う

8月9日、長崎の日に、母を思う・・。
母は,検事の父の転勤の従って、佐世保小学校から、大滝・宮崎・福岡と長崎と6年間に5回も転校を繰り返し、
長崎市勝山小学校を卒業し、長崎県立女学校を卒業した。
それなのに何故か、長崎弁は使わずすっと亡くなるまで、標準語のアクセントだった。転勤族だったからなのかなぁ・・それとも県立高女卒業後、東京実践女学院に進学したせいかなぁ・・。
父も長崎から熊本高専(現熊大)に進学したけれど、長崎言葉は使わなかったから、子どもたちもずっと暮らした土の言葉になじんで育ったけれど・・・。
それでも叔母たち(父の妹)が同居していたときは、祖母と共に家では長崎弁が飛び交っていた。
母は、晩年になっても長崎県立高女同窓会(たちばな会)の集いにはよく参加して、友人とのお付き合いも続いていた。
私は、1989年に父を送って1人になった母と暮らし始めてから、2003年に母を送るまで14年、
娘の私は、仕事と活動で相変わらず忙しく気ままにすごし、ゆっくり話し合いもせず過ごしたことへの悔恨の思いを込めて
「照子」の小冊子を編んで記録に残し、身近な人々に配った。時々読み返しています。
私も、残り少ない日々の中で、父母の残した家で、父母の残したガラクタの処理もせず、そのまま放り出して逝きそうですね。
花、テキストの画像のようです

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