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2022年1月18日 (火)

忘れられない1月17日のこと

もう19年もたってしまったのでしょうか・・母は19年前のこの1月17日、93歳の命を閉じました。
その年のオセチをいつもの同じようにこしらえて迎えたお正月だったのに、母はいつものように食べなかった。ヨーグルトやプリンのようなのど越しのいいものなら食べてくれたし・・葛湯などいろいろ試してみたり、大好きなお寿司なら1つ2つつまんだりした・・・。
その日はいつもより遅れて出勤し、そしてなぜかいつもより早く帰ってきて、ぐったりしている母を発見してすぐ救急車で市民病院へ・・。そのままになってしまった。長患いもせず、突然逝ってしまった母、
私もあんな風に人生をお終いにしたいなぁ。私は今も母の思い出と共に母の残したガラクタと一緒に暮らしています。
1昨年は、17回忌を弟宅で催したが、今年は弟も入退院の繰り返し、私も外出がままならなくて、そっと思い出すだけ・・。
その日は、27年前の阪神淡路大震災の日でした。激しい揺れに飛び起きて、2階から降りてきて「だいじょうぶ?・・すごかったねェ・・・」と1階で母と無事を確かめ合って、尼崎の母の妹宅の安否を確かめたり、家の中に散らかった食器などを片付けたりした。夙川の短大に通った娘は、友人たちが大変!とさっそく支援に駆け付けたりしたらしい。
27年前の阪神大震災の時、1995年は私は候補者活動を始めたばかりで、毎日訪問や宣伝活動の予定がびっしり・・、それから救援カンパや公的支援を早く早くと訴え歩き、有志を募って母からもカンパをもらって、20数人で支援物資を積んで長田町に炊き出し支援に出かけたりした。この震災で6434人もが犠牲になった・・・。
本当に、1月17日は忘れられない日ですが、いまは胸の内で思い出すだけで切ないです。
2012年、私の80歳のとき、明治・大正・昭和の戦争時代を生きぬいた母の姿を「照子」の本にまとめて残しました。

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