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2018年12月30日 (日)

偉大な先人が次々と逝く

一ノ瀬秀文先生ご逝去を27日の赤旗が報じていました。

96歳だったという。ご夫人の一ノ瀬スミさんと新婦人を通じてお知り合い、

お宅にお邪魔したこともあり、大変お世話になりました。いかがお過ごしかと案じておりました。どうぞ安らかに・・。

最近、立派な方々が次々お亡くなりになります。先人の後をしっかり受け継ぐことがどんなに大切かと思います。

、林直道・大阪市大名誉教授は、次のように語っておられます。<2008年5月赤旗より>

『・・「ちょうど、大学当局が、戦争を謳歌(おうか)するような講義への聴講者が少ないため、出席点検制度導入を企てたときでした。出席が足りないと試験を受けられず、徴兵猶予を取り消されるため、反対の大運動が起きます。結局、張り出した名簿にハンコを押せば出席したと見なすということで大学側が譲歩。戦争中でもやればできるのだと、学生たちはみんな確信しました。

その直後、河田嗣郎学長が死去。河上肇が河田の親友ということで特別に許されて葬儀に参列しました。伝説中の人物、河上の姿を見て私たち学生は感激し、戦争反対の運動と社会正義の実現のために馬力をかけ...ようと誓い合いました。

これ以後、非公然の社会科学研究会が燎原(りょうげん)の火のように広がりました。研究会は目立たないように3人以内とし、灯火管制下、電灯を隠しながら『資本論』を読みました」


しかし、特高警察が察知、43年3月から学徒総動員直後の12月までに、研究会には出なかった人も含めて戦争に批判的な学生約100人が検挙され、教員4人(上林、安倍、名和、立野保男)、研究員嘱託1人(坂井豊一)、卒業生8人、学生33人の合計46人が起訴されます。逮捕はされませんでしたが、豊崎稔、飯田繁、木村和三郎の3教授が辞職させられました。

 林さんと、その親友の森竜実や平井都士夫、一ノ瀬秀文らも起訴された中にいました。

森は食事を減らされ衰弱、ついに22歳で尊い一生を閉じます。林さんは「私も死の一歩手前までいったが、生きのびることができた。

しかし、死んだ彼らはかえってこない。私の戦後の経済学研究は、彼らが生きていればどうしたろうという思いでやってきた・・」と語っています。』

=桜田照男氏のFBから=

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