無料ブログはココログ

« よつや光子さんを偲ぶ会 | トップページ | »

2018年7月 1日 (日)

秋庭さんの「私と日本AALAの60年」

今日はもう溶けてしまいそうなほどの猛暑でしたね。
月1回のAALAカフエの予定、第1日曜日です。

だけど‥行くかどうか、どうしようかなぁと迷っていました。

「私と日本AALAの60年」をテキストに勉強会の第3回目の日です。

今日は・・・?と思って本を開いたら、今日の第4章の報告は「よしせ」とメモをしていました。

あっ!忘れてた・・。地震騒動で、そのことすっかり忘れていました。

やっぱり無断で欠席できないなぁ、と思って時間ギリギリに出かけました。

今日も出席は6人少ないけど、第3章、第4章と読み進めました。

1人で読んでいると気づかないで読み飛ばすところを、

すこしづつみんなで確かめながら読みあうと、認識が深まってより理解が深まります。

国際連帯の原則が10960年4月のコナクリ会議で確立したこと。

この原則は、日米安保条約廃棄・沖縄を返せ!の闘いのスタートになった。

そして闘う日本AAへの脱皮、AAの基礎が据えられた。

第4章は、1960年12月の第15回国連総会で「植民地独立付与宣言」植民地支配が国連憲章に反する違法行為をなった。

1960年は「アフリカの年」といわれた。

1961年9月ユーゴで第1回非同盟諸国首脳会議が開かれ、参加資格基準が決まった。

そして沖縄返還闘争、沖縄AALAの結成、瀬長さんのこと・・ベトナム反戦の闘い

・・感動的な記述が続きます。

« よつや光子さんを偲ぶ会 | トップページ | »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 秋庭さんの「私と日本AALAの60年」:

« よつや光子さんを偲ぶ会 | トップページ | »