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2016年7月30日 (土)

革新懇35年のあゆみ

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前衛8月号の「今こそ統一戦線の推進力に」

全国革新懇『35年のあゆみ』編集委員会・増村耕太郎氏の文に触発されて、

発行後すぐ購入していた『全国革新懇、35年のあゆみ』を通読、改めて感動しています。

憲法をくらしに生かす「革新知事・黒田了一さん」と、自社公民6党軍団が闘った79年大阪府知事選挙、「・・勝利に勝る偉大なる敗北・・」の後、

80年1月の社公合意ののち、80年2月日本共産党15回大会で革新懇の結成を呼びかけられました。

大阪では80年5月に黒田了一さんを初めとして社会党の亀田得治さん、東谷敏雄さんなどとともに「大阪革新懇」が発足しました。

当時、枚方の明るい会でがんばっていた私は、早速「大阪革新懇」に一会員として参加、

それから革新懇とは35年のお付き合いです。

枚方革新懇結成は84年4月、黒田了一さんが何度も枚方に来てくださいました。

私は、その時から呼びかけ人、代表世話人、事務局、事務局長などいろいろ担いました。

あぁ・・こんなこともあったなぁ・・、

不破さんの文章にある「革新懇・海上基地問題シンポジウム(1997年1月名護市)は、

枚方革新懇有志5人で...参加。あの時のメンバーのお2人すでに鬼籍に・・・。

2000年代の地域職場革新懇全国交流会には、伊東市、岡山市、金沢市、奈良市など毎年のように参加し発言したりしました。

1つ1つの記憶をよみがえらせながら、胸を熱くして読みました。

革新懇運動を語り合う座談会(上・下)も、

それぞれの時代を担った方々によって語られ、

情勢の進展につれて「全国懇話会」から「全国の会へ」と、

「高級サロン」から「行動する会」へと発展した。

だけど通称「全国革新懇」と、緩やかな一致点で懇談・共同を大切にして、

個人と団体がそれぞれの役割を発揮しつつ革新懇の意義を語り「屋上屋」論を克服してきた。

革新懇は、一点共闘から始まった要求運動の「要」

そしてその運動をつなぐ「架け橋」となって「敷布団」を形成し、

戦争法廃止・立憲主義回復の大きな闘い「野党は共闘」の市民の声に押された新しい闘いがはじまっています。

国民の共同が政治を動かす時代を迎えていることに大きな希望と感動を覚えています。


今日は土用のあんころもちです(笑)。Photo


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