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2016年5月26日 (木)

石垣島・与那国島・竹富島をめぐる旅③④

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石垣島・与那国島・竹富島をめぐる旅③

戦争マラリア犠牲者慰霊碑を訪ねました。

この犠牲者慰霊碑の建立についても関係者の多くの思いが込められていると思いました。

その後八重山平和祈念館を訪れました。

戦争末期の1945年、八重山郡の住民が日本軍の命令によりマラリア有病地帯へ強制移動させられ多くの方(全人口の54%)がマラリアに罹患、死亡者は104%,3647人に及んだ。

住民は、日本軍の食料確保のためにマラリアの薬も食料もなく悲痛な思いで

犠牲になった過酷戦争体験として語り伝えられている平和資料館にはその体験を生々しく伝えられていました。

その後大濱信泉記念館で「日本軍と戦争マラリア」の紙芝居を

「八重山戦争マラリアを語り継ぐ会」の方が上演、会の方々と暫時交流、

夜は、琉球料理の食事をしながら、八重山「教科書問題」から、アベ政権の教育政策などなど、

初めて会った現地のお二人とツアー参加者五人、盛り上がりました。

2日目は、石垣空港から与那国島へプロペラ機で飛びました。P5220610sennji_2
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石垣島・与那国島・竹富島をめぐる旅④

与那国島は日本内最南西端の島、

長谷川義史さんの「平和ってすてきだね」の絵本のもとになった詩を書いた小学生・安里有生くんが住む島。

詩に出てくる与那国馬がゆったり放牧され、花が咲き乱れる平和な島でした。

ティンダバナは70mの切り立った崖の上の自然の展望台、土地の隆起を思わせる三層の重なった地層がそり立っています。

涼しい岩陰で五弁当でした。静かな祖納の集落が見渡すことができました。

海岸沿いに広がる独特の浦野墓地群、沖縄の亀甲墓とはちがった形の大きな墓です。

死者の棺をそのまま納めて7年後の白骨化した骨を洗ってツボに入れて葬りなおす独特の葬送らしいです。

大枡家の墓には,軍神大枡大尉の墓碑と、ひめゆり隊の大枡清子さんの慰霊碑が左右に立っていました。

東埼展望台、日本最西端の碑も見ました。

夕食はホテルで宮良純一郎氏を囲んで懇親会、三線で民謡の弾き語りなども・・・。

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