無料ブログはココログ

« お城めぐりの旅① | トップページ | 「渡辺武先生と行く戦国城跡巡り、九州熊本城と名護屋城、軍艦島クルーズ」⓷ »

2016年3月31日 (木)

「渡辺武先生と行く戦国城跡巡り、九州熊本城と名護屋城、軍艦島クルーズ」②

P3290327「渡辺武先生と行く戦国城跡巡り、九州熊本城と名護屋城、軍艦島クルーズ」②
29日は朝早く玉名温泉司ホテルを出発して一路、長崎へ、

長崎は子どもの時に遊びに来た事、そして原水禁大会で2度も訪れた町ですが

バスでお諏訪さんの前や原水禁大会の会場前も素通りして、眼鏡橋付近を街歩きとお昼ご飯、午後から軍艦島上陸クルーズでした。

軍艦島は2015年世界化遺産の登録されたとにわかに注目されはじめたが、

端島炭鉱に着手されたのは1869年(M2年)、三菱経営になったのは1890年(M23年)、1916年(T5年)には鉄筋高層アパートができた。1941年(S16年)には年間41万1100トンの出炭をした。1974年(S49年)閉山で無人島になった。

面積63000㎡の島に最盛期は5300人以上の人々が探鉱事業に炭従事し当時の東京都の9倍の人口密度だったという。

忘れてはならないのは、戦時中、日本人労働者と共に、朝鮮人労働者と共に強制連行された中国人(華人労務者)が強制労働をさせられていたこと、

1944年12月現在、内地人3252人、朝鮮人1914人、中国人395人、合計...5999人の記録がある。

この中国人のうち30人が事故死、病死した。

強制連行の華人労務者は端島炭鉱のみならず全国各地の炭鉱等に送られた。(渡辺先生の資料とお話より)

軍艦島上陸クルーズは長崎港から約30分で上陸、説明と見学で1時間弱、そしてまた30分で帰航でした。

「軍艦島上陸証明書」なるものをくれました。天候の加減で上陸できないこともあり今回は幸運だったそうです。危険なのでと、上陸には誓約書を書かされました。

テレビで見てたけれどやっぱりすごいガレキの山、説明員は、どんなに設備の整った炭鉱の山だったかを説明していました。

やっぱり百聞は一見に如かずです。その地に立ってみて、その当時の日本産業発展途上の労働の過酷さ・・・を想像し、資本主義の強欲さを思いました。

この後唐津に直行でした。P3290315

P3290328

P3290329
  長崎市内・眼鏡橋です。P3290311










« お城めぐりの旅① | トップページ | 「渡辺武先生と行く戦国城跡巡り、九州熊本城と名護屋城、軍艦島クルーズ」⓷ »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

« お城めぐりの旅① | トップページ | 「渡辺武先生と行く戦国城跡巡り、九州熊本城と名護屋城、軍艦島クルーズ」⓷ »