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2016年3月20日 (日)

「お祝いの言葉」=1つの節目のときに=

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あるFBで、貴重な文章に出会いました。多くの方々にご紹介したいと思い、少し長いけれど再掲させていただきます。

『2015年度自由の森学園の式での卒業校長先生のお話だそうです。

高校校長の新井です。  3月5日におこなわれました高等学校の卒業式で、私がお話をした「校長の言葉」を紹介します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・卒業生のみなさん 卒業おめでとうございます。
  保護者のみなさん、お子さんの卒業おめでとうございます。そして、これまでの学園に対するご支援とご協力に感謝申し上げます。

みなさんが3年間を過ごしたこの自由の森学園は、授業という場を通して、学問や芸術の世界に出会い、また自分とは異質な思考や価値観に出会うことにより、自己を問い直し、自己を形成していくことを大切にしようと誕生した学校です。
そのため、この自由の森においては授業というものの持つ意味は深く重いものだと思っています。私がここで話すいわゆる校長の言葉も、入学式においてはみなさんにとっての最初の授業、卒業式においては最後の授業というつもりで私は臨んでいます。

それでははじめます。
みなさんが3年生として過ごしたこの2015年という年は、戦後70年という日本にとっても世界にとっても大きな節目の年でした。戦争と平和の問題、そして安全保障の問題に大きく揺れた年でもありました。みなさんの中にも、こうした問題にどう向き合っていくのかということを真剣に考えていったり、行動しながら学んでいった人がいたことを知っています。

そこで、今から30年前、敗戦40年にあたる1985年5月8日に西ドイツの連邦議会で、当時西ドイツ大統領であったワイツゼッカー氏によっておこなわれた「荒れ野の40年」という演説を紹介します。
ワイツゼッカー氏はその演説の中で、ナチスの過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはいかない、われわれ全員が過去を引き受けなければならない―と訴え、そしてこう続けています。
  「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも目を覆っていることになります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。」
この強烈なメッセージは歴史を学ぶこと、歴史から学ぶことが現代を生きる私たちの使命であることを教えてくれました。

そして、戦争を知らない若い人たちへのメッセージとして、次のように続いています。
  「若い人たちにかつて起ったことの責任はありません。しかし、その後の歴史のなかでそうした出来事から生じてきたことに対しては責任があるのです。」
  「ヒトラーはいつも、偏見と敵意と憎悪とをかきたてつづけることに腐心しておりました。
  若い人たちにお願いしたい。
  他の人びとに対する敵意や憎悪に駆り立てられることのないようにしていただきたい。
  若い人たちは、たがいに敵対するのではなく、たがいに手をとり合って生きていくことを学んでいただきたい。
  民主的に選ばれたわれわれ政治家にもこのことを肝に銘じさせてくれる諸君であってほしい。」

ワイツゼッカー氏は、自分とはちがう思想や考えを持つ他者、異質な他者を、自分とはちがうものとして受け入れ、その中で相互理解を深め対立を和らげ、平和な世界をつくりたいという理想を持っていたのです。
そしてこれは、現代においても、混迷する世界情勢のみならず日本国内におけるさまざまな問題、差別や人権に関わる問題など私たち一人一人に問われているメッセージなのではないでしょうか。
この演説があった1985年は、まさに自由の森学園が開校した年です。
このメッセージを、私たちはどう受けとめたらいいのか、私は当時の生徒たちと一緒に考え合ったことを覚えています。
あれから30年たった今、また、みなさんとともに考え続けたいと思い紹介しました。

  「民主的に選ばれたわれわれ政治家にもこのことを肝に銘じさせてくれる諸君であってほしい」とワイツゼッカー氏は語っています。このことにも少し触れさせてください。
  2015年に改正公職選挙法が成立し、いわゆる「18歳選挙権」が実現することになりました。

イギリス在住の免疫学者 小野昌弘さんは自身のブログに「投票とは大人への階段」という記事を書いています。「誰に入れても同じだ」「「たった一票で社会が変わるわけがない」という人に向けてこのように言っています。

  「いや、それでも誰に入れても同じだ、という人もいるかもしれない。本当にそうだろうか。それは違いを知らないから、知ろうとしていないからではないか。選挙の結果にしたがって社会がどう変わっているかを見ようとしたことがないからではないか。
  社会での自分自身の立ち位置に一番近い候補者を選ぶためには、何より自分を理解しなきゃいけない。」

  選挙にどう向き合うのか、それは自分自身と向き合うことであり、自分自身が問われていることなのでしょう。
これは、じつは「学ぶ」ということつながっているのだと私は思っています。

  自由の森学園で学びは、誰かが用意した選択肢から正解を選択するというものではなく、事実や対象と向き合い、自分たちで問いを見つけ、調べたり確かめたりしながら、また、意見を交わしながら、自分自身の考えや答えを見つけていくというものであったと思います。

  誰かに自分を丸投げするのではなく、自分の頭で考え、判断し行動していくこと。そして、学び続けていくこと。このことがワイツゼッカー氏のメッセージに答えることになるのではないかと私は思っています。

さあ、いよいよ卒業です。一人の市民として一人の人間として、しっかりと歩んでいってください。  みなさんのこれからに期待しています。卒業おめでとう。』P_2

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