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2015年12月19日 (土)

2日続きの映画でした

Pc_22日続けて映画でした。

朝10時から保育園で府と市の監査でした。

いつもは食堂として、子どもたちの賑やかな声であふれているホールいっぱいに積まれた膨大な書類を前にして、府から3人、市から4人やってきて、

10時から5時過ぎまでみっちりでした・‥。

社会福祉の会計基準が変わり、社会福祉法改変を前にして、法人の方も行政のお眼鏡に合うようにいろいろ工夫し体制をと整えて、

法人の役員改選も終えたところで、少々の指摘事項はあったけど、無事に終わりホットしました。

そして今日の映画会、最終の部に間に合うかしら・・と市駅までタクシーで急ぎました。

「ソ満国境・15歳の夏」日中友好協会大阪府連主催の上映会でした。

ドーンセンターの会場で日中友好協会大阪府連会長の渡辺武さんに呼び止められてご挨拶、日中友好新聞を薦められてしまいました。..

.
『…1945年8月15日,ソ連と満州の国境近くに送られ取り残された新京第1中学の生徒たちの過酷な逃避行。

そしてあの東北大震災から1年後の仮設住宅に暮らす福島の中学生たちが、当時の新京第1中学の生徒だった金成義(現在、村の長老)から招待を受け現地を訪問しその壮絶な話を聞く・・・。』

私は、2008年初夏に訪れた中国東北部、ソ満国境まではいかなかったけど、ハルピンや長春(当時の新京)を訪れ、長春大学で若い学生さんたちと交流したことなど思い浮かべていました。
「困った弱い人々を助けるのは人間としての当然の心・・・」という金成義さんの言葉・・・、

数々の中国残留孤児に対する愛・・・、長谷川尭子さんの「2つの祖国の狭間に生きる」、

澤地久枝さんの「14歳」などの書物を通じて知ったソ満国境で繰り広げられた悲劇・・・

いろんなことを考えさせられました。再び繰り返してはならない国と国との争い-おろかな戦争です。Photo


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